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EsIdea -仕事について考える-

仕事や心理について

100社以上落ちて超絶ブラックに新卒入社した話 終

店舗を出てから地元の駅に到着するまでのことはあまり覚えていない。

駅を出て見慣れた地元の駅の風景を横目に歩きはじめた。時刻は12時過ぎ。人影のない道を歩いていると、足がひどく重くなってきた。だんだん体から力が抜け、コンクリートの上に倒れこんだ。

動こうとしても動けなかった。5月の湿り気を帯びた空気と自分の脂汗がとても気持ち悪く感じられた。時折通りかかる人はいたが、酔っ払いかなにかだと思っているのか無関心だった。しだいに呼吸が浅くなり、意識が薄れていった。

気絶していたのだろう、気づいた時にはすでに1時を回っていた。

なんとか立ち上がり、ゆっくりと休みながら普段は10分もかからない道を30分くらいかかりながら家に帰り、寝静まった家族を起こさないように、部屋に戻ってベッドに倒れこんだ。

最悪の朝

朝になり、親に起こされていつも通り5時に朝食を食べる。

「仕事辞めたよ」

そう親に告げた瞬間、涙が溢れた。心が折れるってこういう事なんだなと思った。一生懸命やった就活はなんだったのだろうか?100社以上落ち、がむしゃらに掴んだクジはとんだ貧乏くじであった。

それからはとにかく寝た。絶望的な考えが浮かばなくなるまで、寝続けた。

小さな復讐

1週間経ち、体調もそれなりになってきたところで、兄に勧められ、労働基準監督署に行く事にした。最初に対応してもらったおばさんはひどい対応だったが、出直してから担当になったおじさんはいい人で対応が早かった。

おじさんによると残業代が請求できるということで、日報を元に残業代を計算した。すると1ヶ月半にもかかわらず、残業代は50万を軽く超えた。

おじさんに促されるまま、書類を作って特定記録郵便で督促状を送った。1ヶ月待ち、連絡がないことを理由に監督署が連絡を入れ、示談に入った。

結局、示談金は15万だったが、いくらか心は晴れた。

倒産

3ヶ月後、出向していた子会社は社長の自己破産で倒産した。親会社はそのままだったので、おそらくトカゲのしっぽ切りのように、親会社が稼ぐだけ稼いで捨てられたのだと思う。新卒のわたしたちだけでなく、会社自体が捨て駒だったのである。

その頃わたしは、専門学校に通いながら就職活動をしていた。

親会社も倒産

2年後くらいだろうか、定期的に親会社のホームページを見ていたが、急にホームページがなくなっていた。いろいろ検索すると、投資詐欺で告訴をされているようだった。売れない場所を居抜きして、ガタガタのフランチャイズで強引に売上を作り、その店舗を別のオーナーに売り払ったうえ、暴利の食品を卸して搾り取るというビジネスだったので、かなりの人が売れない店舗を買わされ、痛い目を見たのではないかと思う。

真のブラック企業は社員も顧客も社長自身でさえ不幸にする。

おそらくブラック企業がなくなることはないだろうが、それでも、こういう会社が世の中に生まれてこない事を祈るばかりである。

 

ブラック企業を抜け出すために

自分の勤めている会社がブラック企業だと理解していながら、勤め続けてしまう理由はいくつかあると思う。

  1. お金がない
  2. 転職できる自信がない
  3. 自分が抜けると周りに迷惑がかかる

ありがちなのはこの3つだ。

お金がない

退職して転職活動をするとなると、最低でも50万ほどは必要になる。100万あれば安心だ。ただ多くのブラック企業は薄給なので、貯金は難しい。さらにサービス残業ばかりで時間もないとなると副業もできない。

そこでまず、会社での時給を計算してみよう。それが1000円を下回ったなら、アルバイトでもなんでもいい。とにかく普通のアルバイトで食いつなぐのも手である。

贅沢をしていなければ、時給1000円前後でも生活を維持できるはずである。そうでなければまず生活レベルを下げよう。

運送屋など、きつくても高給が見込める仕事もある。体に問題がないなら、こういったバイトでお金を貯めるのもありだろう。

副業について

何か特殊な技術がないと副業は厳しい。

ブログでのアフィリエイトや、ポイントサイト、ランサーズやクラウドワークスなどを薦めている記事はゴマンとあるが正直厳しいと言わざる得ない。ブログでの収入はとても時間がかかるし、かなりの根気とちょっとした文才が必要だ。SEOの知識などもないとなかなか収益化が難しい。

ポイントサイトについては、やっている時間があればバイトをしたほうがマシだろう。

ランサーズなどのクラウドソーシングサービスに関しては、技術があればそこそこの報酬がもらえるが、ライバルが多い上に報酬も少ないのが現状である。そもそもそういったサービスで高給がとれるのであれば普通に就職するか、フリーランスをした方がいい。

転職できる自信がない

30を超えると転職は厳しくなりはじめる。ギリギリ35までだろう。

できれば20代のうちに、キャリアがちゃんと積めて、職場環境が整備された会社に転職することをおすすめする。職歴がかなりめちゃくちゃであっても、20代であれば転職はできる。もし今の会社に未来を感じられないのであれば、すぐに転職活動をしたほうがいい。

転職理由

ブラック企業からの転職で焦点となるのは転職理由だ。転職理由で前の会社のネガティブな部分をさらけ出すのはあまりよろしくない。それが事実であってもである。いままで転職活動をしてきた中で好印象だった転職理由の話し方は、「精一杯やったがそれがうまく会社と噛み合わなかった」というストーリーだ。「出来るだけのことをしたか」というのがポイントである。面接官に「それはしかたがないですね」という雰囲気が出ればOKだ。

ブラックであったということを伝えるのではなく、察してもらうようにすると、うまくいきやすいだろう。

成果

成果を出していると転職活動はより簡単になる。売上や目標数値などの達成などは絶対にアピールすべきだ。そういう数値てきなものでなくても、社内でどういう役割をしたのかであったり、組織にどういう貢献をしたのかというのがやはりポイントになる。

今の職場でまだ余力が残っていて、そういう成果を出せそうな環境であるならそれを達成してから転職をするとスムーズだろう。(それは既にブラック企業ではないと思うが)

自分が抜けると周りに迷惑がかかる

わりとよく聞くのはこれだが、これについては、そんなに迷惑はかからないから安心していいし、その責任をあなたが負う必要はない。

社員が辞めるのは、組織の常であるし辞めることを想定していない組織経営が悪いのである。そんな負い目のためにあなたが人生を棒に振る必要はまったくない。

誰かが抜ければ誰かがそこに入るだけである。

ブラック企業を抜け出すために

結局のところ必要なのは少しの蓄えと踏み出す勇気だ。ブラック企業はあなたのその心の弱い部分を食い物にしているのである。

もし、そういったブラック企業に対して、憤りを感じるのであればまだあなたは自分の人生を生きようとする意思が宿っているはずだ。

その意思が消える前に、是非行動を起こしてほしい。

新卒に求められる資質と学校のシステム

時代の変化

シャープや東芝など、日本企業の中では安泰だと言われていた大企業が陰りを見せる中、もう大企業にいれば一生安全ということはないだろう。そして、有能な人材が集まったベンチャー企業が、大企業の利潤を虎視眈々と狙っている。

インターネットが普及してから時代の変化は加速度的に進んだ。人材も流動的になったと言えるだろう。もう、1つの場所に留まり続けること自体が、リスクになりつつある。

私は、グローバル人材という言葉はあまり好きではないが、世界のどこに居ても自分を殺すことなく、ありのままで働くことが出来る人間。それが、少なくとも労働者としての道を選択した人々の目指すべき目標なのではないかと思う。現にそういった人材が海外から日本の市場に流入し、日本人の席が減りつつある。

顧客のトレンドも変わっていく。マーケティング手法に関してもみんなが同じものを買う時代は終わり、どんどんアプローチをする範囲が狭まっている。

学歴だけでは厳しい

これからは何のために大学で勉強し、企業で何を成すかを問われるだろう。高学歴であれば書類や1次は通るだろうが、その先はポテンシャル勝負になる。

「本当に優秀な人材なのか?」ということだ。

正直なところ、そういう資質を問うことは、かなり酷だと思う。なぜなら、日本の学習システム自体がそういう資質を育むような仕組みになっていないからだ。日本の学習システムはほぼ全てインプットだ。

古びたシステムの弊害

知識をとにかく覚え、より正しく答えられた人間が優秀と評価される。これはどんな人間でも、教えられたことを努力さえすれば上に行けるという、ある意味平等なシステムであるが、同時に個性的な能力を押さえ込んでしまう。

それなのに、社会の入り口でいきなりアウトプットを問われる。いままで個性を殺して、集団の中で1番になることを目指してきた人間に個性を問うのである。

これは学校が輩出する人材が、企業の求める人材のレベルに答えられていないと言えるだろう。学校もシステムを変えていかなければいけないのに、凝り固まった考えの人間が中枢に多いためか変われない。国も予算を割いてはいるが、多くの学校は予算をどう使い切るかということばかり考えているのである。

チャンスでもある

社会的にはかなり重大な問題ではあるが、個人的に考えればチャンスとも言える。もしあなたが、大学生や高校生であれば、ライバルに差をつけることができるからだ。上記のことを理解していれば、少なくとも、有名だからとか就職率が高いからという理由で学校選びをしないだろう。

好きな学問であれば、大学をよい成績で卒業するというのは当たり前であり、もしよい企業に就職したいのであれば、プラスαが求められる。

大事なのはあなたが何が好きで、何をしたいかである。もちろん就職以外の道も拓けるだろう。例えば、大学在学中に起業することも可能だ。

就職が良いからという理由で学問を選択したり、安定を望んで有名大学、有名企業に行くのも一つの選択だが、もっと先の未来を見据えて、自己の能力や可能性を広げる選択肢も検討してはどうだろうか。

100社以上落ちて超絶ブラックに新卒入社した話 退職編 後編

疑惑

店長会議で、会社のビジネス自体に疑問を持った私は業務をこなしつつ、注意を払うようになった。

この会社は親会社が食品の卸しを行い、その食材を使って子会社が2つのビジネスを展開していた。1つは飲食店のフランチャイズ運営と売却。2つ目は弁当だ。

その頃私は、調理の基本ができるようになったことが知れ渡り、赤坂以外にも新宿3丁目、光が丘などの店舗でヘルプをしていた。

色々な店舗で仕事をするうちに気づいたことがあった。それは食材の過剰な余り具合である。特に麺が死ぬほど余って、どこの店舗も冷蔵庫がパンパンになっていた。酷いところでは冷蔵庫に入り切らず、ビニール袋で保管してあり、ところどころカビているものもあった。私は麺を見て少しでもカビていたら捨てていたが、他の店舗でそういう対応がされていたかは定かではない。恐ろしいことである。

どこの店舗でも、オペレーションは末期状態だった。それなのに、ビールを100円で売ったり、商品を半額にしたりして、とにかく客を入れていた。

安ければ客はたくさん来る。ただし、オペレーションが酷いので、苦情は日常茶飯事であった。

売上をいくら上げても赤字

次に調べたのは原価率だ。社員に原価を聞いたり、マニュアルに書いてある原価を計算して、算出をしてみた。すると原価率は50%を超えていた。つまり、通常営業をしても半分ロスすれば粗利が飛ぶということだ。もちろんそこから家賃や、人件費、光熱費、雑費が差し引かれる。

商品半額などしたら、売れば売るほど赤字になる。それでも親会社の圧力で材料の供給量は減らない。客を呼んでも地獄、呼ばなければさらなる地獄が待っているという状況だ。

ーーーこれは破綻している

そう思ったわたしはエリアマネージャーにその旨を伝えることにした。

対立

エリアマネージャーへその旨を伝えると、信じられない返信がきた。

要約すると、

・新卒が気にすることじゃない

・とにかく売上をあげろ

・終電以降も店舗に残れ

とのことだった。

わたしの中の疑念が確信に変わった。

これは、親会社が儲けるためだけのシステムだ。それをおそらくわかっていながら本社幹部は運営をしている。新卒を大量に雇ったのも、アルバイトより人件費を安く仕入れるためだ。

我慢の限界だった。この日から、エリアマネージャー側との対立が始まった。

独断

どうあがいてもこのままでは、いくらやっても赤字であることは変わらない。そこで私は自分の考えに沿って、自分のできるだけのことをすることにした。

まず、掃除だ。どの店舗も掃除をほとんどしておらず、恐ろしく汚かった。ある店舗では食洗機が何年も洗っていないのか水垢が鍾乳洞のように層になっていた。

飲食であるのに、こんな状態で運営している事自体、わたしは我慢がならなかった。

どの店舗にいっても忙しい時間帯以外はまず掃除をした。ひどいところでは1日掃除をさせてくれと頼み込んだ。

私の行った店舗はそこそこ綺麗になった。少なくとも、汚さで苦情がきたり、衛生面でトラブルが起きるリスクを減らすことができた。

もちろん、エリアマネージャーはいい顔をしなかった。顔を合わせば口論になるような状況だった。掃除をせずに、とにかく売れと言われ続けた。

「わたしは汚れた皿でお客に食べ物を出したくありません」と言うと、

「俺は汚れた皿でも客の満足度を上げることが出来る」と豪語していた。

彼は飲食業界の人間として、越えてはいけない一線を超えていた。わたしはもう彼に従う気が一切なくなっていた。

密偵

徐々に私は嫌がらせを受けるようになった。

何も教えられずに、店舗に放りこまれて叱られたり、到底終わらない枚数のビラ配りを強要されたりもした。

さらには、先輩社員がわたしを監視するようになった。社員はほぼエリアマネージャーの犬なので、どこにいっても監視され、あることもないことも報告された。

そのたびに叱責されたが、わたしはすべてスルーしていた。

仕事もその頃になるとやる気を完全に失い、サボるようになっていった。体の疲労はそれにより少しだけ和らいだが、心はさらに荒んでいった。

解雇通告

わたしが時折勝手に休憩を取っていることを、先輩社員が報告をした。すると、エリアマネージャーとその先輩社員が同席で、ファミレスに連れて行かれた。

エリアマネージャーはサボりの実態を咎めたうえで、色々と持論を展開し、密告した先輩は何も理解していないような顔で馬鹿みたいに相槌をうっていた。

エリアマネージャーが言うには、仕事ができないやつは3つの何かが足りないそうだ。その3つとは、能力、時間、やる気で、お前にはやる気が足りないとのことだった。

何のためにこの持論を展開したのか理解不能だったが、実際にやる気はなかったので、普通に「なるほど」と答えてしまった。

その一言がエリアマネージャーをキレさせた。

「なるほどじゃねぇ!舐めてんのかお前!」

ファミレスの机を蹴り上げて、エリアマネージャーが叫んだ。

エリアマネージャーの怒声がファミレスに響き渡った。多分ファミレスに居た人間の中で、一番無反応だったのはわたしだろう。

わたしはもう既に完全に冷めきっていた。

このままだと、破錠するであろうビジネスになんの疑問を抱かず会社の犬になっている社員にも。それを根性論だけで無策につっぱしるエリアマネージャーにも。おそらく破綻することがわかっていながら、過剰な供給をする非情な親会社にも。全てに愛想が尽きていた。

「辞めます」

自分でも不思議なほど、静かに、穏やかな気持ちでそう言っていた。

全てがどうでもよかった。

つづき

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100社以上落ちて超絶ブラックに新卒入社した話 退職編 前編

店舗異動先は赤坂だった。

7時に店舗前で店長と待ち合わせだったが、7時を過ぎても現れない。8時になるとアルバイトらしき中国系の男性が現れた。

今日からここで働くことになったが店長が来ないと話すと、携帯で店長に連絡をしてくれた。ぐっすり寝ていたようだ。

さらに30分後店長が現れた。軽く謝って店舗を開けると大急ぎで準備を始めた。仕込みかとおもいきや、弁当の準備だった。

絶望的なスケジュール

店舗の1日のスケジュールはこうだ。7時に店を開け、11時までに弁当を作りランチ開始。1人は弁当の配達へ。ランチ営業が15時に終わり、夜の仕込みを開始。17時にディナーを開始。店が閉まるのは客が帰るまで。

店長はだらしがない人だったが、悪い人ではなかった。自分はいつも終電以降も店に残り、店舗に寝泊まり。そのおかげで私は一応終電前に帰ることが出来た。

それでも、わたしのスケジュールは6時に家を出て、ほぼ休憩なしで24時まで働き、その後家で報告書などを作成して寝るといった酷い有様だった。

店長にいたってはもう店に住んでいる状態だ。たまに家に帰ると、疲れが溜まっているためか起きれずに遅刻してしまうらしい。

しかも社員はわたしと店長しかいない。土日も運営しているので、店長には休みがない。もちろんわたしも休みはなかったが、終電で帰れているだけマシという状況だった。

打開策

このままでは、休みなしで常に働いているような状態になってしまう。そんな状況を長く続けられるはずがないと思ったわたしは、店長に土日を交互に休む提案をした。

幸い、土日の赤坂はとても閑散としていて、弁当の配達もない。夜まではワンオペで十分な状況だった。夜になれば、アルバイトが1名来てくれる。私は短期間でトレーニングをしてくれるように頼んだ。

そこから1週間で夜の仕込みの基本を覚えた。基本的にはつまみがほとんどで、仕込んでおけば出すだけ。メインメニューはランチとほぼかぶっていた。店舗での調理経験などまったくなかったので、最初はもちろん不慣れであったが、何回かやるにつれて中華鍋の振り方にも慣れていった。

店長は久々の休みを満喫していた。久しぶりに家に帰って散髪をして友人と飲んだらしい。私も病欠以来、初めて休みをとった。

鬼の仕打ち

店舗はエリアマネージャーがまとめていた。そして社員は日報を毎日エリアマネージャー宛に送信する。その日報をチェックし、様々な指示を出すのである。

私が行った土日交代制休みは早くもなくなる羽目になった。わたし達が交代で休んでいることを知ったエリアマネージャーが、土日にアルバイトを入れないようにしたのである。

これでまた休みがなくなったうえ、アルバイトが居ない分、前よりも状況は悪化することとなった。

衝撃の店長会議

私の肩書きは副店長だった。いわゆる名ばかり管理職というやつだ。

店長は毎月1回店長会議に出席する。そこに私も出席することになった。肩書の付いてない社員などいないはずなので、もはや全社会議といってもよかった。会場はそこそこ広く、50名はいた。つまり店舗数としては30近くはあったのだろう。

そして会議に出席した私は冒頭で耳を疑った。

「先月の収支は2,000万の赤字です」

…赤字?

これだけの社員がほぼ毎日寝る間を惜しんで働いているというのに、収支は大赤字だったのである。他の社員は全く驚いていない。どういうことか理解できていないのだろうか。

年間にすれば、2億4,000万である。

そんな純損失に耐えられるだけの資本があるようにも見えなかった。どうするのだろうか…?エリアマネージャーは極力社員だけで店舗をまわして根性で売上を増やすように言っていた。

この数字が根性でなんとかなるようには思えなかった。

私は会社のビジネス自体に疑念を抱きはじめた。

つづき

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100社以上落ちて超絶ブラックに新卒入社した話 入社編

謎の異動

最初の事件が起きたのは入社式だった。

入社式のあと、事務連絡とともに全員に差し出されたのは一枚の辞令と書かれた紙であった。辞令には、子会社への出向を命じる文章が書いてあった。

出向とは本社勤務の人間が、子会社へ一時的に異動することである。基本的には本社へ戻ってこれる。(例外は多々あるが)

新卒は15名ほどいたが、子会社の違いはあれど、全ての新卒が出向することになった。周囲に不安の空気を感じつつも、入社式後の役員との会食の為移動することになり、不穏な空気のまま入社式会場を後にした。

流石にこの時点で、本社にもどることはおろか、会社自体が数カ月後に消滅するなどということを想像できた人間はいなかっただろうと思う。

泥流

入社式のあとのことは何一つ聞かされてなかった。会食の後は明日からの仕事についての説明が少しある程度で、帰るものだと思っていた。

その予想は全くのはずれだった。会食後、新卒は各子会社ごとに分けられ、移動することになった。ここで別々になった新卒のメンバーは二度と顔を合わすことはなかった。

移動先は神宮球場だった。

フランチャイズで運営している担々麺の店舗に到着した。フランチャイズ店舗の説明かと思いきや、「今日はここの手伝いをしてもらうから」と言われた。ちなみに入社式後なので、みんなスーツに革靴である。しかも簡単に手伝うのではなく、ガチである。さらに言えば、全く説明もない。急にエプロンだけ渡されて、やれといわれた状態だ。この時点で私はこの会社がブラックであることをほぼ確信した。

しかし新卒は逆らえない。ただ、泥に流されていくだけである。

序盤から廃人状態

店長とおぼしき人物に散々叱られながら、帰っていいと言われたのは22時を過ぎてからだった。クタクタだった。さらに、明日は7時に集合するように言われ、絶望が思考を支配した。

それから毎日朝から晩まで働くことになった。休憩もなく、革靴で何時間も立ちっぱなしのため、1週間もすると足の裏に激痛がはしるようになった。疲れて声が出てないと店舗裏に呼び出され、淫語を大声で叫ばされたりもした。

2週間後、私は高熱をだし、太ももから臀部にかけて謎の疱疹が出て、激痛により動けなくなってしまった。入社して1ヶ月も立たないのに、既にボロボロだった。おまけに会社の不備で健康保険証もまだ未発行なため、病院にもいけないという有様であった。

2日ほど休み、ある程度回復したところで出勤すると、来週からは神宮から開放され、別店舗にいくことを知らされた。

つづき

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営業と製造とマーケティング

営業、製造、マーケティング

この単語の羅列を見てうっ…となった人は多いのではないだろうか。企業が大きくなるに連れて会社の機能は人からチーム、部門へと変わり役割が分担されていく。製造は商品と言い換えてもいい。

この3つの要素は衝突しやすい関係にある。組織がしっかりと育っていない場合は特に問題が起こりやすい。また社長が元々どの要素の人間であったのかによっても、部門の強弱が決まる。そのバランスが大きく崩れた時、またはお互いが疎遠になりすぎるとうまく組織が立ち行かなくなる。

それを避けるにはまずこの3つの要素をよく知る必要があるだろう。

営業

営業は数字を作るのが仕事である。日々契約を取り、見込み客にアプローチをかける。数字が明確に現れるので、営業部門は組織において強い存在になりやすい。特に導入期から成長期において仕事をくれるのは営業部であり、営業部がなければ何もスタートしない場合が多いからだ。

製造

製造はここでは商品を作っている人たちのことである。商品はサービスであったり、イベントであったり、宝石だったり色々だ。特許や高い技術によって強い商品を持つ企業では製造部門が強くなりやすい。特に成長期の後半から成熟期にかけては、営業をしなくても注文が入るので、特に強い存在になりやすい。

マーケティング

マーケティングが本格的にはじまるのは成長期中盤から成熟期後の導入期だろう。後発になりやすく、数字もつくりにくい為に組織の中では一番弱くなりやすいのがこの部門だ。実績をつくれば、評価され始めるが評価のない段階でマーケティングの費用をもらうのはとても難しい。マーケティングが予算が高くなりがちであるし、失敗する可能性も高いからだ。

トラブルはなぜ起こる?

この3つの要素で一番ぶつかりやすいのは営業と製造だ。

営業は売れる商品がいい商品だと考え、製造は質の高い商品こそがいい商品だと考えるからだ。製造にとっての商品が営業にとってのいい商品とは限らない。

なので、営業は売ること、数字を上げることを重視するし、製造は質を保つことを重視する。そうなると、質を保てるレベルを超えた注文を営業が取ってきてしまうことがある。そこで衝突になるのである。

そういう中で、マーケティングは仲立ちをすることが多い。マーケティング部門はこのふたつの部門とは違い、企業活動のほぼすべての要素に対して干渉する存在だからだ。

そもそもマーケティングとは、効率的かつ戦略的な企業活動を促進することなので、営業にも製造にも協力してもらわないといけない。それなのに、マーケティングは組織において新参者であることが多く、かつ数字がたてづらい。

創業時からある営業部や製造部は新参のマーケティング部門にとやかく言われたくないとおもっていることが多い。そんな風にうまく溶け込めなかったマーケティング部門はいじめの対象になりやすい。

理想の形

理想はいずれかの部門がリーダーシップをもって、他部門と協力して進むことだ。そしていずれかの部門が強くなりすぎないように調整されることが望ましい。

そして、組織の風通しが悪くならないような仕組みづくりも大切だ。部門の人間が部門の中に閉じこもって、他部門へ情報を共有しなければ、組織である意味がない。

そういった組織になるには、各個人が自分に自信を持ち、他人を尊敬できる余裕を持てる風土が必要だ。

わたしはまだそんな組織に出会ったことはないが、願わくばそういう組織が生き残り、存続していくような社会になればいいと思う。