EsIdea -仕事について考える-

仕事や心理について

第二新卒で部署ごと丸投げされた話 3

社長はわたしのミスというミスを洗い出し、叱責するようになった。そして、出来ないことを罰として与えたりもした。

終業間際に、今日中の依頼をしたり、無理な要求をすることも多くなり、次第にわたしは目に見えて反抗をするようになった。

歪んだコミュニケーション

社長は自分が一番でないと気が済まないタイプだった。人事も周囲に断らずに行い、ろくでもないひとを採用することが多かった。それは、自分よりも明らかに下の人間を優先して採用していたからだ。わたしの場合、引き継ぎを行った女性社員が主に採用を行ったので、社長にとって誤算でだったのかもしれない。

わたしにはわざわざ能力の低い社員を雇い、虐げた上で従順にさせるという、非道な人間に見えた。

少なくとも、純粋に会社に貢献しようと努力をしていたわたしにとってこの歪んだコミュニケーションは最大の侮辱だった。

会社の利益を一番に追求すべき人間が、自分の腐ったプライドを満たすために、他の人間を食い物にする光景を見て反吐が出そうだった。

社会に出て初めて心の底から怒りを感じた。

邁進する日々

わたしは徹底的に、社長の悪意を無視し、淡々と日々の仕事をこなしていった。

スケジュールを決め、チームで相談しながら(例の女性社員は除く)どうすれば利益を出せるかのみ追求していった。社長にとっては、自分は蚊帳の外でわたしの事業部だけがうまくいっていくのが、心底気に入らなかっただろうと思う。

そして入社して6ヶ月後には過去最高益を達成した。社長からは大した利益はでていないと嫌味を言われ、気分は最悪だったが達成感があった。

すでに社長も女性社員も蚊帳の外だった。工事部のひとたちとも、一緒に仕事をしたり、パソコンのサポートなど行ううちに、信頼されるようになった。問題なのはこのふたりだけだった。

失敗と恫喝

ある日わたしは仕事のミスをした。分納するはずの商品を、1箇所に納品してしまったのだ。その日の工事に必要なものだったので、先方を怒らせてしまった。

社長はペーパードライバーのわたしに、埼玉まで一人で納品しにいけと命令した。結局わたしはそれを断り、運転の慣れている部下にお願いをして納品してもらった。

トラブル自体は落着したが、社長はそのミスをネタに再度わたしを恫喝し、終業後に夜通し車でビラ配りをするように要求してきた。わたしはミスについて謝罪した上で、それを断った。

「労働契約にない仕事をはしません」と伝えると「労働契約だってよ!」と大笑いをした。そう、労働契約など社長にとってはただの紙きれであり、自分の命令は絶対というふうに経営をしてきたのだ。

わたしは恫喝する社長を無視して会社を出た。

最低時給を上げるとどうなるか

最近、最低時給を1500円に上げろという運動を必死にやっているひとがちらほら目につくので、最低時給を上げるということがどういうことなのかを考えていきたい。

最低時給とは各都道府県で定められた賃金の支払い時給額の最低限度だ。各都道府県により、時給の差が見られる。目的は、不当に低い賃金で雇用することを防ぐためだ。少なくとも、定められた最低賃金以下の金額で公に社員(非正規を含む)を募集することはできない。

 

時給が低いということ

実際に最低時給での募集は実際に存在する。特殊な技術がなく、きつい労働がない職種ほど時給が低くなる。地方のコンビニなどではそもそも需要が少ないために、最低時給になりやすい。

また、時給が低いということは、やりたいという人間が多いという意味でもある。そもそも就職の窓口が少ない地方ではその傾向になりがちだ。さらに、ビジネスモデルが貧弱ということでもある。ビジネスモデルがしっかりしている会社であれば、しっかりと利益を確保できる。正常な会社であれば、社員にその利益が一部還元されるので、給料は熟練、貢献度の向上とともに上がっていく。

つまり、安い給料しか払えない会社は、いずれ淘汰される可能性が高いのである。

最低時給があがるとどうなるか

確実に求人が減る

最低時給が上がった場合、まず考えられるのは募集が減ることだ。雇用側が人件費に使えるお金は限られているので、時給が上がればその分人数が減ることになる。つまり時給があがるひとが増える代わりに、働けないひとがうまれる

さらに労働力を海外に求める企業がより増えることになるだろう。時給を1500円以上にしようものなら、かなりの数の求人が消えることになるはずだ。

廃業する会社が増える

高い給料が払えず、海外進出もできない中小零細企業では、操業が立ち行かなくなるところも出てくるだろう。少なくとも、高い賃金を補えるほどの売上を出せない地方の会社や店舗などは徐々に消えていく。人口の少ない場所ほど、商店が消えるスピードは早いだろう。地方創生がテーマとして掲げられている今、そんなことがまかり通るとは思えない。

最低時給を上げろと騒ぐ人達が一番被害を受ける

おそらく最低賃金をあげて貧困に悩む労働者を助けろと騒いでいる人たちの多くは当事者と考えると高い給料の職に就いていない。

これまでのことを考えると、最低時給を上げた場合、そういう人たちの多くは職は消失することになる。給料をあげるつもりが、職を失うという悲劇につながりかねない。

賃金を上げる唯一の方法

では、賃金を上げるにはどうすればいいのか?

そもそも賃金は、売上から生まれるものだ。賃金をもらい続けるにはそれだけの売上を上げる必要がある。自分の賃金分以上に他人のビジネスモデルを利用して稼がなければいけない。でなければ解雇されるか、廃業することになる。

労働者として、自分の食い扶持は自分で稼ぐ、というのができてまず半人前である。

そこから賃金をあげるには、賃金の上昇分以上を稼ぎ、なおかつ雇用主側にも利益が出るという信用が必要だ。

そのためには、普段の業務をこなすだけでなく、雇用主側の期待値以上に利益を上げる必要がある。営業で良い成績をおさめたり、費用を大幅に削減したり、求められた工数以上に早く、正確に作業を行ったりなどがそれにあたる。

そういったことをしても給料が上がらないのであれば、その実績をひっさげて転職をすればいい。利益を出せるひとならば、引く手あまたのはずだ。もしかすると辞表をだした瞬間に昇給するかもしれない。企業側も利益を出せるひとを失う訳にはいかないからだ。

現在高給をもらっているひとたちはそういった努力をしているのである。そういった努力もせずに、賃金を上げろと声をあげるだけで給料があがればだれも苦労しない。

給料が自分に見合わないなら転職活動をしてみればいい。転職をしても同じ給料ならば、市場価値としてのあなたの相対価値がそのレベルであるということだ。

そうではないならば、その中で価値を証明し、信用を勝ち取るしかない。

残念ながら、日本は資本主義であり、資本主義は基本的に実力社会だ。高給がほしければ、努力を重ねるか、自分でビジネスをするしかない。

 

 

 

 

 

仕事を効率化する方法

仕事の効率化について悩む人は多い、単調で膨大な量の雑務に追われる日々は億劫でしかない。仕事を早く、正確に終わらせるにはどうすればいいのか?

根性と熟練に頼らない

まず多くの人が目指すのはその作業の熟練度を上げることだろう。作業に慣れ、スピードと正確性を上げていく。また、長時間の作業に耐えうる精神力を持つ。

よく「とにかく作業スピードを上げろ」とか「今日中に終わらせて帰れ」というのがこれだ。しかし、これでは劇的なスピード向上は見込めない。

早くしろと言って早くなるのならすでに早くなっているはずだし、時間を使えば使うほど、工数が増える。残業代を出さないで作業工数を増やせる魔法を使える会社は別として、それでは利益が減るばかりだ。

効率化を目指すにあたっては、作業者ではなく、作業自体を変える必要がある。

人数を増やす

まず、人数が増やせないかを考える。1人で10時間かかる作業なら、10人いれば1時間で終わる。組織で仕事をしているのだから、空いている時間を分け合おう。

また、作業を手伝ってもらうことで、相手の作業を手伝いやすくなるので、コミュニケーションを活発にする効果もある。意外と、手伝ってほしいと言い出せないひとは多いので、困っているひとがいたら、できる範囲で手伝うようにしよう。

マニュアル化する

単発の仕事であれば人海戦術も手だが、毎回発生するような作業はマニュアル化をしておくと、自分でない人間もスムーズに作業ができるようになる。

意外と自分の作業をマニュアル化をしている人間は少ない。手伝ってもらう予定がなくても、マニュアル化をすることによって、昇進や、異動の際に手際よく引き継ぎができる。辞めるときにとやかく言われることもないだろう。

また、マニュアルはできれば誰でも更新ができ、更新前のバックアップがとれるようなやり方が好ましい。作業は状況によっては変わることも多いので、その際の作業者の気づきなども更新されるようにすると、経験が共有され、同じミスの発生を防ぐことにもつながるし、熟練のスピードも早くなる。

マニュアル化については、誰が行っても、同様の質とスピードでできるようになることが望ましい。まず、横文字や専門用語などの使用を避けること。読む人間の想定によっては外国語なども併用する必要がある。誰がこれを読むのかを想像しながらマニュアルを作成するようにしよう。

このマニュアル化は、例えばプレゼンテーションをするとき、誰にでもわかるように説明する能力や、マネジメント能力の向上にもつながる。

機械を使う

資本主義が始まったのは、工業化がスタートと言われている。

今まで手作業で行ってきた作業を機械を使うことで爆発的な効率を発揮した。普段行っている仕事についてもこの工業化は重要だ。

例えば、ポスターを何枚も作る作業があるとして、1、2枚なら手作業で作ってもいいが、10枚もなると厳しい。そうなると、1枚作った後は、手書きが必要な部分だけを空白にして、印刷するという手もある。

パソコンでデータを作成して、印刷所に頼むという事もできるだろう。手作業のほうが、気持ちが伝わるという利点があるが、そういった必要のない作業がどんどん機械に任せてしまおう。

WEBのチカラ

さて、工業化の次に革命を起こしたのはウェブだ。インターネットの力を使えば、更に効率化が可能だ。

例えば、データ処理などは効率化がしやすい。あまりに専門的なことでない限り、世界の何処かで、同様の作業が発生し、頭のいい人が最大限効率化できるプログラムを作成してくれている。

ありがたいことにそういったプログラムの多くは公開されている。また、別の頭のいい人たちによって、日々更新され、利便性が向上されていっている。

さらに、少し知識があれば、 プログラムを自分用にカスタマイズすることもできる。この力は強力で、通常100時間ほどかかるような作業をものの数分で終わらせることも可能だ。それほどに、WEBは強力だ。

インターネット以前の文化のままで行われてきた会社に、WEBを知っている人間が入っただけで、革命ともいえるほどの効率化が行われることもある。

機械が苦手だからといってこのチカラを無視することは、文字通り人生を損していると言える。健全な会社であれば、生産性を上げればそれだけ給料が上がる。そして効率化が進めば、残業もしなくていいのだ。

給料も上がり、残業もない。なんと素晴らしいことだろうか。

効率化の果てに

もし、それでも残業がなくならず、給料もあがらないような会社なら辞めてしまったほうがいい。わたしならそういうひとが辞めると言ってきたら必死で引き止めるが、そうでないのならその会社に未来はないだろう。

信じられないことに、社会には、効率化を嫌い、生産性が上がることを恐れているひとが少なからずいる。最大限の効率化を行えたあなたなら、おそらく他の会社でも重用されることだろう。そういった貢献がみとめられるような組織こそ、そのようなひとが勤め、存続していくべきだとわたしは思う。

 

第二新卒で部署ごと丸投げされた話 2

業務改善を重ねた3ヶ月間はとても充実していた。予算はないが、自分の一存で自由にやることができた。

そして、業務改善によって生まれた時間は全て販促につぎ込んだ。どうしたら売れるのか、他はどうしているのか。自分の見せの強みは何なのか。徹底的に分析をして、強みの部分に自分の時間を全てかけた。

そしてさらに3か月後、配送のミスはほとんどなくなり、売上は倍増した。さらに粗利を改善することにより部署の黒字化にも成功した。

暗雲

成果を出し、残業だらけだった業務もほぼ定時で上がれるようになった。しかし、周囲の人たちはそれをよくは思わなかった。

建設業界では残業は当たり前で、残業代などでないのが普通だ。そして長く働いている人間ほど偉いという社風もあった。

EC事業と建設事業はまるで業態が違うにもかかわらず、日々残業をしないことに対する風当たりは強くなっていった。

売上に関しても、あがればそれが当たり前になっていき、下がれば、下がった理由を問いただされるようになった。また、根拠のない売上目標も提示され、それを達成できないと叱責されるようになった。

見知らぬ新人

ある日会社に来ると、新入社員の紹介があった。工事部の人間が増えるのかとおもいきや、ウチの人員とのことだった。しかもWEBデザイナーと名乗るその女性は30代でまったくWEB業界の経験がなかった。

女性はとてもわがままだった。WEBデザインの知識がほぼないにもかかわらず、教えられることを非常に嫌がり、さらに遅刻は繰り返す。果ては上司である私の命令もすぐに無視するようになった。手に負えないと判断した私は、あえて彼女に仕事を与えないようにした。

新人発狂

仕事を与えないことによって、毎日暇そうに椅子に座っていた彼女は、社長のろくでもない業務の餌食となっていた。普段社長の思いつきの業務に手を焼いていたわたしたちは、快適に作業ができるようになった。社長の目的は自分の影響力を誇示することなので、会社で一番暇な彼女が盾になることによって、他の社員への叱責や、命令が減ったのだ。

彼女はしだいにストレスを溜めていった。ただでさえ、堪え性のない彼女が爆発するのは時間の問題であった。

彼女は些細なことからヒステリーを起こして、泣き叫ぶようになった。わたしは何も手助けをしなかった。矛先はたいていわたしであったが、八つ当たりでしかないので、全く関与しなかった。それによって、どれだけ彼女が酷い人材であるかを広告できればいいとすら思っていた。

悪化する関係

日々悪化していく部内の雰囲気に、私は彼女が辞めてくれることを祈りながら自分の仕事だけに集中していた。彼女との関係悪くなるにつれ、社長に対して彼女がわたしのネガキャンを行うので、しだいに社長との関係も悪化していった。

何の根拠もなく私の行った施策を元の状態にもどすように言ったり、思いつきで新たな商品を追加して売れないことをこちらの責任にしたりしていた。

他の社員であれば、社長が満足するまで平謝りするところだが、わたしは社長の叱責に対して納得できない部分は一切謝罪しなかった。そういったところが、社長は一番気に食わなかったようだ。

次第に社長の嫌がらせは日増しに酷くなっていった。

学校教育と就職活動のギャップ

人生において学校教育を受ける期間はとても長い。義務教育は中学生までだが、多くの日本人は高卒以上だ。しかしその教育機関は昭和の時代からほぼ変化していない。

教育機関はなんのためにあるのか。それは、人材を育てるためである。ならば、教育は時代のニーズに合った教育をするべきだ。

しかし、これだけ時代が変化しているというのに、変わったことといえば、情報の科目が増えたことと、ゆとり教育という名のもとに学習時間が削られたことぐらいだ。

いつまでインプット中心なのか

少々の変化があるとはいえ、学校教育がインプットに偏っていることは否定できない。決められたことを学び、それを正確に複製することが日本教育の核だ。

これは産業革命以後の生産能力向上のための教育を引きずっているためだ。設計図通りに、素早く、正確に行うことは、制限時間内に教えられたことを正確に紙に書くことと同じだ。

しかし、現代ではそういう人材が多く求められてはない。商品の寿命が短くなり、消費者の飽きも早くなった。マーケティングによってみんなが同じものを買う時代も終わりかけている。

企業側も、自分から率先して動き、新しい発想を広げていく人材を求めている。学校教育は言われたことを正確に行う人材を作り出しているにも関わらずだ。

そのギャップにより、大学までインプットを完璧にこなしてきた人間が、就職活動にあたって困惑する羽目になる。

若い頃から時代を読み、行動できる人間はいいかもしれない。しかし、学校教育を盲目的に信じ生きてきた人間にとってこの現実は非常につらいものになりかねない。

勉強と仕事に対する考え方

勉強は多くの学生にとってつらく、苦しいものだ。何のために学ぶかもわからず、決められたカリキュラムを周囲と同じように学ぶ。個性を封殺して、周囲とおなじものになっていく過程は虚無感すら覚えかねない。

こうして、学生は勉強が嫌になっていく。しかし、いい大学に行くために歯を食いしばって、毎日何時間も続ける。そういうことを続けていれば、大学受験をすぎた瞬間に、勉強をしなくなるのも納得できるだろう。多くの学生にとって大学入学がゴールなのだから。

そして卒業とともに嫌な「勉強」は嫌な「仕事」に変わる。

本来勉強と仕事は楽しいもの

こういった現象はシステムに疑問を抱かず、変化を恐れてきた大人の責任だ。いや、もっと恣意的なものが働いているのかもしれない。

なんにせよ、現代教育は誤った方向に進みながら、修正する機会を見失っている。本来勉強は知識がほしいと感じて学ぶものであり、欲した知識を得るのだからそれは楽しいことのはずなのだ。にも関わらず、強制的に欲しくもない知識を植え付けられるものだから、学習自体を嫌悪するようになってしまう。仕事も同様だ。

子供の為を思ったなら、義務教育など無視して家で自由に学ばせるほうが将来的に良いのかもしれない。学習を楽しいと思えれば、勝手に学びを高める人になるのだから、強制的に教える必要などないはずだ。

アウトプットを中心の教育

これまで批判をしてきたが、インプット教育が全て悪いということではない。ある程度の基礎知識はインプットすべきだろう。しかしそれはアウトプット中心であるべきだ。「こういうアウトプットをしたいから、このインプットが必要」という風な教育に変えていく必要があるだろう。その上で、独自にアウトプットしたものを共有して、協力しあって更に高めていく。こういった教育の末に生まれた人材はおそらく、今の時代にあった人材になっていくはずだ。

知識を詰め込むのではなく、望まれたものを渡す教育が今必要なのではないだろうか。

収入を給料だけに頼る危うさ

仕事をするとなると、ほとんどの人が就職先の仕事にほとんどの時間と労力を消費して、他の時間は仕事のストレスを解消したり、家族や、他人のために時間をつかったりする。一般的な考え方をするとこれは安定しているといえるが、投資的な考え方をすると、これはかなり危うい状況だ。

資産を1つに集中してはならない

投資的には資産を一箇所に集めておくことは危険だ。一時的に資産が増えるところへお金を集めることはあっても、常に一箇所にあつめておくことは、全てを失うリスクがあるということだ。一箇所に資産をあつめるのなら、高いリターンを求められる。

サラリーマンにとって、給料、時間、人脈が資産の大きな部類にあたる。この資産のうち、もっとも資産を増やす可能性のあるものは時間だ。

時間があれば、さまざまなことができ、新たに資産を生み出すシステムを作り出せる。例えば、アプリを開発してみたり、ブログを運営してみたりと最初はすずめの涙程度にしろ、資産が増えていくことには違いない。少なくとも、ゲームをしてすごしたり、カラオケにいったりといった時間よりはリターンが大きい。

副業はやっといて損はない

ほとんどの日本企業は副業を禁止している。それは副業で成功されると、困るからだ。ただ、就労規則でそういったことが決められていても、法的に違法ではない。正直、副業が成功しない限り、収入増で会社側に露見することがないのだから、やっといて損はない。もし、副業が成功したなら、副業に専念すればよいのだ。

退職のリスクを負えるほど、副業の収入がまだ心もとないのなら、新たに仕事を探すのもいいし、仕事をアルバイトに変更して時間の割り振りを変えるのもありだ。

しっかり仕事ができていれば、ちょっとやそっとの副業で文句を言われることはない。副業で何か文句を言われて退職を迫られるなら、副業がなくてもおそらく一緒だ。そういう企業は何かしらの事情で退職させる理由を探しているのだから。

収入が1000万でもクビになれば0

仕事が高収入だから安定というのは嘘だ。年収1000万の待遇を得ていても、何かの問題でクビになってしまえば、無収入になるし、再就職が難しい可能性だってある。さまざまなリスクを考えるのなら、収入が安定しているうちに別の収入源を探るのがリスクを減らす唯一の方法だ。

貯金があればそれだけ時間ができる。その時間を利用して、新たな収入源を作り出すことができる。もし、十分な収入と貯金があって、時間がないのだとしたら、仕事を辞めて、時間を優先するのも手だろう。

第二新卒で部署ごと丸投げされた話

新卒で入社した会社が盛大にブラックだったわたしは、次の会社では、技術職で就職をすることにした。そして、なけなしの預金をはたいて、WEBの専門学校に半年間かよい、WEBデザインの基礎を身に着けた。

町の工務店に就職

リーマンショックの影響もあり、就職氷河期は続いていた。しかも前職は在職期間が1ヶ月で実務経験は皆無だ。とてもじゃないが、WEBデザイナーで雇ってくれるような会社はなかった。

そんな中、特殊な募集を見つけた。

工務店が建築金物を扱うECサイトを運営していて、その部署のマネージャー募集だった。マネージャーなのに、業界未経験でも可というなんとも不思議な内容だった。

会社に行ってみると、ほんとうに町の工務店だった。建材がところ狭しと積まれ、ガレージには汚れたライトバンが停まっていた。

中に通され、最初に出てきた面接官は以外にも女性だった。雰囲気はとても工務店に努めているとは思えない、アパレルにいそうな感じのひとだった。

話を聞いてみると、女性はマネージャーではなく、WEBデザイナーをしているそうで、マネージャーは数週間前に急に来なくなったそうだ。それで急遽、マネージャー候補を募ったということだった。

WEBデザインの基礎を一通り質問されて答え終わると、社長が顔をだした。いかにもというガタイの強面のおっさんだった。

そして大した質問もされずに、即採用になった。

山積みの問題

まず、蒸発したマネージャーの次に現状を把握と思われる面接官の女性が、わたしの入社日から1週間後に寿退社することになっていた。

そして、業務説明と引き継ぎを受けるにつれて、この部署がかなりひどい有様であることがわかってきた。

まず、一日経平均で発送が30件ほどにもかかわらず発送ミスが多発していた。さらにそのミスの対応や、雑なワークフローに振り回されて、無駄な残業だらけになり、やらなければならないことも後回しになっているような状況だった。

そして、1週間後には人も減る。かなり絶望的な状況だった。社長も当然WEBについてなど全く詳しくはなく、入社1週間にして、会社で一番部署に詳しい人間になってしまった。

できることから

最初にやったのは在庫を保管している倉庫の掃除だった。倉庫の掃除などほぼやっておらず、在庫は乱雑に積まれていた。社長の指示で、毎日終業後に棚卸しをしているが、その時点で数が合わないと何度も数え直すようなことになっていた。

わたしはまず、在庫をしっかり棚に整理し、在庫の開封を最小限にすることにした。

次にワークフローを整理した。そもそも、終業後に棚卸しをすることにあまり意味を感じなかった。数が合わない事がわかっても、商品はもう発送されてしまっているからだ。ミスが発覚し、クレームが来るのを待つだけになる。

ならば、発送される前に棚卸しをすればいい。前日の棚卸しの数から発送数を引いて予定在庫数を算出し、その数字と棚卸しの数が合致しない限り、発送しないことにした。

これだけで発送ミスは激減した。ミスがなくなったことで残業もへり、業務がいくらかスムーズに回るようになった。

薄い粗利と謎の契約

次に部署のキャッシュフローを確認した。キャッシュフローは悪くはないが、良くもなかった。何も考えず、社長が薄利多売の方針を推し進めたために、粗利は恐ろしく薄くなっていた。そして、工事部の数字を良くするために、こちらの事業部には工事部で使えない人や、社長の縁故のシステム会社との給与や契約金などが加算されていた。

システム会社は自社サイトの立ち上げの際に契約をして、完成後もそのままだった。その後毎月ほぼ何もしていないのに、月10万を支払っていた。しかも縁故なので解約もできない。

わたしはこのシステム会社を最大限利用することに決めた。

早速呼び出して、システムの追加や改修を推し進めた。棚卸しの際の時間を節約するために、発送する商品が確定したら、予想在庫数が自動的に算出されるようにした。

さらに、低スペックパソコンでも作業が滞らないように、CMSで扱う顧客データ量を最小に削った。これだけでも頻発していたフリーズがかなり解消された。

光明と暗雲

これまで書いたことを3ヶ月で行った。すると、見違えたように部署は余裕が出てきた。わたしは作業をアルバイトにまかせて、ECサイトの改修や、新しい商品の選定、価格設定の見直しなどを行った。この期間はやればやるだけ効果がでたので、楽しかった。絶望的な状況から光明が見え始めた。

しかし、部署がうまくまわり始めるとそれをよく思わない人間や、功績を奪おうとする人間が出てくる。

充実感を覚え、仕事に邁進しはじめたわたしの前に立ちはだかったのは以外にも社長だった。

<つづく>