EsIdea -仕事について考える-

仕事や心理について

第二新卒で部署ごと丸投げされた話 5

 

退職日は1か月後になった。

事業部長となった女性社員の態度はさらに硬化し、話しかけても無視されるようなひどい有様であったため、引き継ぎは無理と判断した。

わたしは書き溜めたマニュアルをせめてアルバイトの女性への迷惑が軽減されるようわかりやすいように整理をして引き継ぐことにした。

転職活動期間は短かったが、ECサイト理経験者は転職市場での受けが良いようで、わりと早く内定がもらえた。またその会社もブラック企業だったが、その話は次回にまわす。

会長と退職金

退職日も近づいたある日、社長の父親である会長から退職金として5万円が渡された。「申し訳ない」と頭を下げられた。

普段、社内で社長が何か問題を起こすたびに、会長が火消しをおこなっていた。社長はすぐに頭に血がのぼるタイプなので、激高しては暴力行為を繰り返していた。

「育て方を間違えた」と会長はよく言っていた。こんな温厚な会長からよくあんなキレやすい息子が生まれたものだと思ったが、よくよく話をきくとどうやら母親がそういう気性だったようだ。

おそらく、会長は奥さんに振り回され、社長はそのライフスタイルを継承してしまったのだろう。そういう面で会長にはどうしようもないことであった。

「気にしないでください」とだけ伝えた。

退職後のはなし

予想はできると思うが、部署は瓦解した。

わたしの退職後、アルバイトの女性が辞めたのだ。残りは戦力外のふたりだけとなり、崩壊は目に見えていた。本来ならそこで管理のできる人間を雇うべきだったが、社長は戦力外のふたりを恫喝しまくったらしい。

縁故の男性社員は退職し、事業部長となった女性社員は精神病院に入院したまま音信不通となった。

わたしにも電話があった。

アルバイトで戻ってこないかというふざけた内容だったので、入社ではなく、コンサルティングならいいですよと返事をしたが、もちろん連絡はなかった。

その後は縁故のシステム会社が代理で細々と運営をしている。

スタッフのミスを指摘すればするほど、組織は衰退する

どこの会社にも「ミスを指摘することに命をかけているのでは?」と思うほど、他人のミスを探している人間がいる。

ミスすることに恐怖感すら覚え、他人の出来ないところばかりみては、あれができない、これができないと社内にマイナス思念をばらまいている。

試行錯誤

もちろんミスはないほうがいい。しかし初めて行うことにはミスが伴うし、ミスが起こったとして、そのミスの責任がその人の注意力に向かうのはナンセンスだ。

人間は機械ではない。そして機械が失敗しないのは、言われたことを100%行う仕組みがあるからだ。それに、想定された状況が変われば機械は目的を100%達成するのも難しい。

どんな人間でもミスはする。しかしそれを人間は学習できるし、試行錯誤を重ねるからこそ、よいものができる。機械に試行錯誤はできない。ミスをするからこそ、人間は成長できるのである。

ミスを責めてはいけない

ミスを指摘し、責めて何か変わるのだろうか?完璧に仕事を行うのに必要なのは注意力だけだろうか?

そもそもミスが発生するような仕事の仕方をしているのではないか?
ワークフローは適切なのか?
チェック機構は整っているのか?
注意力がしっかりと発揮できるような環境なのか?
気にするべきことはいくらでもあるだろう。

ミスを発見して、注意することは誰にだってできる。そしてマネジメント能力が低い人間ほど、ミスを指摘して達成感や優越感を得たがる。

マネージャーの間違ったミスへの対応で、信頼関係がくずれ、スタッフがミスを怖がって挑戦しなくなったり、モチベーションが下がり効率が悪くなったりとマイナスの要素のほうが大きい。

管理するということはミスを追及してなくすことではない。ミスの起こりにくい環境づくりをすることだ。前者と後者は似ているように見えるかもしれないが、全く違う。

前者には信頼がない。ミスをしたのはその人の能力や態度が悪いと決めつけて、管理をスタッフに押し付けている。管理の仕事をさぼっているともいえるだろう。

そんな人間をマネージャーとは呼べない。

マネージャーはスタッフを信頼し、スタッフが働きやすいように、ミスが起こらないように環境づくりに注力すべきなのだ。つまりミスが起こった場合、責任はスタッフではなく、マネージャーにある。当然だ、マネージャーは責任から逃げてはいけない。

成長しないスタッフと組織

組織が成長期に入ると、人が増える。それにつれてミスが増えていく。このミスへの対応によって、その後の成長ラインに乗せられるかどうかが関わってくる。

環境づくりに注力することなく、スタッフを叱責してミスをなくそうとする組織は、優秀な社員の流出し、採用の自転車操業が続いて成長できないか、スタッフが離れていき衰退していくだろう。

これは組織に信頼やシステムが根付いていないからだ。組織のリーダーが人を信頼できていないともいえるかもしれない。システムの作り方や経験も足りないのかもしれないが、人を信頼できないことのほうが致命的だ。

そもそも人を信頼できないのであれば組織など運営しないほうがいい。絶望的に向いていないし、ブラック企業になる可能性が高いからだ。

組織を運営したいのであれば最低限人を信頼できるようになってからだ。スタッフのミスを指摘して、管理した気になっているような人間には少なくとも組織の運営など一生無理である。関わる人のためにも、早々に諦めてほしい。

無能なマネージャーほど、残業をさせたがる

マネージャーは管理をするのが仕事だ。しかし、間違った教育や、そもそも教育を受けていない人間がマネージャーをやる機会が日本には多いと思う。

というより、マネジメントというものを軽視するフシすらあるように思える。

残業はイレギュラーである

残業というのは基本的にイレギュラーだ。労働契約書にも定時が記載され、残業が発生する場合は、残業代を支払うようになっているのが基本である。

しかし、ブラック企業ではこのような基本は忘れ去られている。含み残業代という魔法の言葉と、ずさんな管理体制のもとに労働者が無限に働かされる環境が出来上がっているのだ。

残業というのはある意味、保険だ。もしトラブルが起きても、定時以降、会社に誰もいなくなってしまうような状況を防ぐためのシステムである。

そして、法でガチガチにしてしまうと、業態によっては立ち行かなくなってしまうため、そこそこの幅を持たせ、現場の人々に判断を任せている。

だが、やろうと思えば出来てしまうことに対して、悪意ある人々は容赦をしない。含み残業を設定しつつ、タイムカードを用意しなければ、含み残業以上の労働力をタダで使うことができる。

なおかつ、基本給を低く設定し、含み残業代を含んでいないかのような低賃金を設定するのだ。実際、応募をして契約の段になると、ありえない基本給を提示してくるような低俗な会社は多い。そして立場の弱い人間はその契約書にサインをしてしまう。

長く働かせるマネージャーほど有能という文化

そのような会社では、労働者を長く、効率よく働かせる人間ほど出世をする。薄給で奴隷のように人間を使い尽くすのだ。

そして、労働者もそこから逃げない。学歴の低い者、職歴の薄い者、自信のない者、技術のない者。そういった社会的弱者を食い物にするのがブラック企業だ。そしてそういった会社で管理職になる人間は、その間違った社会経験から、間違ったマネジメントを展開することだろう。

そうやって、ブラック企業の文化は醸成されていく。

残業をする人間もさせる人間も能力が低い

何の能力が低いのか?それは管理能力だ。少なくとも、残業が推奨されていない環境で、常時残業しなければ作業をこなせない人間は能力が低いと言わざる得ないだろう。そしてその上司の責任はさらに重い。

管理しなければいけない人間が管理できていないことになるからだ。管理のできない管理職など必要だろうか?

そもそも、社会人として自己管理能力が欠如しているのは、非常に危うい。自分すら管理できない人間に案件や組織を管理できるはずがない。

就職活動において、浪人や、留年がハンデになるのと一緒だ。当然納得のいく説明を求められるだろう。

マネージャーほど難しいものはない

少なくとも前述したような管理を放棄した人間はマネージャーとは呼べない。マネージャーは技術以上に人間力や器が求められる。カリスマといってもいい。

規模の違いがあれど、組織がよりよい方向に向かうよう導くのがマネージャーの役目だ。ひとりよがりな行動をしたり、自身の欲や、コンプレックスを解消するために、他人を道具にし、権力をふるうような人間には誰も心からついてきたりはしない。

社長の器と会社の大きさは比例する

社長の器と、会社の大きさは比例する。ここでの器とは、一個人の職務遂行能力ではない。社長そのものである。もちろん運などの不確定要素も含む。

会社は社長の分身

会社は創業者の社長から生まれる。生まれてくる会社は社長の分身のようなものだ。ビジネスモデルはもちろん、オフィスの雰囲気や社員の性質にいたるまで、社長の影響を受ける。

社長の器がいびつであれば、性質が偏り、バランスの悪い会社になるし、器が小さければ、順調であってもある規模から成長が止まる。目標の大きさと、その器の大きさに差がありすぎれば、目的の大きさに到達する前にバランスを崩してしまうだろう。

社員の性質

社員の性質は特に影響を受ける。創業時からのコアメンバーは社長とつながりの深い人物が選ばれることが多いし、それでなくても社長が直々に採用活動をしたり、紹介されるパターンが多いからだ。社長が社交的で、オープンな性格であればそのようなひとが多くなるし、逆もしかりだ。

また、どれだけの人間を受け入れられるかということも重要である。ある程度のカラーは必要かもしれないが、一つの価値観だけでは幅が広がらず、成長に限界がでてしまう。

規模が大きくなればなるほど人材には多様性をもたせ、バランスを考えなくてはいけない。受け入れられないからという理由で優秀な人材を排除する会社は珍しくない。

会社の規模

会社の規模がある程度に達すると、いくら優秀であっても社長だけではマネジメントができなくなるときが来る。そのレベル以上は大きくしたくないという社長もいるし、したくてもできない社長もいる。

ある程度の規模になれば、会社はいくらかシステム化をしなくてはいけない。個人事業主がただ集まったような会社では、チームの恩恵をうけられないし、あらたな考え方も生まれにくい。

会社がどうあるべきかを明確に示し、浸透させ、徐々に手放さなくてはいけない。子育てで過保護にしてしまい、子供の成長を阻害してしまうのと一緒である。

規模を拡大するには

規模拡大には、組織を整えたうえで、組織の可能性を信じて任せるという決断が必要だ。その組織が成長して新たな組織を作り出すのである。この段階になると社長には仕事の能力ではなく、想像力、行動力、決断力などの精神的な能力が問われる。その人の歩んできた人生が問われると言ってもいいだろう。

機会をつかんで会社を軌道に乗せ、成長できた会社でもある程度の規模からは本質的なものが問われてくる。ここからは運だけでは厳しい。

自分が会社の規模を拡大できるような器でないと感じたなら、その器である人物を代わりに社長にするという手もある。成長段階で社長が交代するのは珍しい話ではない。

社員の中にそういう人物がいるならば、そういうことも視野に入れておく必要があるだろう。少なくとも、自分が絶対に社長でなくてはいけないということはないし、それにこだわるようでは器が大きいとは言えない。

第二新卒で部署ごと丸投げされた話 4

相変わらず社長との関係は最悪だったが、1人を除き、他の社員との関係は良好だった。仕事についても入社して9か月ほど経つころには、ルーチンワークをアルバイトに任せて私は自由に動けるような状態になっていた。

スケープゴート

例の女性社員は組織図上は私の管理下にあったが、私からの指示はなく、ほぼ社長の直轄の状態にあった。逆らうこともできずに社長のおもいつきに振り回され、日々ストレスをためているようだった。

こちらとしては、私に対するトップダウンが女性社員の方に移動した形になるので、非常に助かっていた。わたしのいうことは一切聞いてくれなかったが、部署に貢献はしてくれていたので、ある意味感謝していた。

しかし、それも長くは続かなかった。

私が新商品の展示会に行ったり、仕入れ先と折衝したりと自分のやりたいことを自由にやっているのを見ながら、社長にこき使われ続けたことで彼女はさらに私への恨みを強めていたようだ。彼女なりに意図的なものを感じていたのかもしれない。

次第にわたしが不在のときに悪口を広めるようになり、社長にもいろいろ吹聴したようで、ある日わたしは社長に呼び出された。

しかし、そのころにはわたしも社長の心理がわかってきたので、彼女が悪いという方向にうまいこと誘導したうえで、社長の要望を1,2個通すことで落着した。

彼女の思惑は空振りし、さらにわたしへの恨みを強めていった。修復する気もなかったが、もはや関係の修復は不可能だった。

爆発

彼女は突然爆発した。

何のきっかけだったかは覚えていないが、彼女の要望はすべてはねのけていたので、そういうはなしの流れだったと思う。

急に立ち上がって「もう我慢できない!」とヒステリックに叫び、社長が「どうした?」と驚きながら聞くと私の苗字を呼び捨てで叫んだ。

「もうわたし殴っちゃいそうです!」というので、わたしが「どうぞ、警察呼ぶだけですけど」と返すともう顔を真っ赤にして睨んできた。

アルバイトのおばちゃんが「やめてください!」と止めに入る。一番冷静なのがアルバイトという非常に情けない状態だったが、彼女の異常さをアピールするいい機会だと思った。彼女は興奮しすぎて、聞き取れない言葉を叫び、周囲を困惑させた。

社員はみんなひいていたが、社長はわたしが悪いと思っているようだった。

終わりのはじまり

会社に就職して1年が経った。相変わらず女性社員との仲は最悪というか、お互いがお互いを無視しているので、ある意味平和であった。

社長との関係はコミュニケーションのコツをつかんで、時々面倒であったけれど、おおむね自由に部署を運営していた。

しかし、終わりは突然来る。

この会社には工事部とネット事業部があり、工事部長とネット事業部長(わたし)を中間管理職として、その下に平社員がいる組織だった。

工事部のほとんどは工員であり、オフィスで見るのは工事部長と営業の2人だ。

営業の人は依頼がきた現場を調査して見積もりし、受注となったら手配をするのが仕事だ。つまり、年中車で動き回る仕事である。

その営業が、免停状態で運転をし、速度違反で捕まってしまった。

当然免許は取り消しである。終わりの発端はここからだった。

トンデモ人事

例の女性社員の件もあるように、この会社の人事は社長の独裁で、しかもでたらめである。今回の免許取り消し事件に関しても、社長はトンデモ人事で対応することになる。

社長はわたしを呼び出し、ネット事業部長を解任し、工事部への異動を命じたのである。つまり運転手だ。

ネット事業部はどうするのかと聞くと、例の女性社員に任せる算段のようだった。頭がおかしいとおもった。どこをどう考えたらあの女性社員に部署の運営ができるのか理解不能だったが、とりあえず自分のいうことをきかせたいという欲望だけが、社長を動かしていた。

わたしは、その日に退職届をだした。

第二新卒で部署ごと丸投げされた話 3

社長はわたしのミスというミスを洗い出し、叱責するようになった。そして、出来ないことを罰として与えたりもした。

終業間際に、今日中の依頼をしたり、無理な要求をすることも多くなり、次第にわたしは目に見えて反抗をするようになった。

歪んだコミュニケーション

社長は自分が一番でないと気が済まないタイプだった。人事も周囲に断らずに行い、ろくでもないひとを採用することが多かった。それは、自分よりも明らかに下の人間を優先して採用していたからだ。わたしの場合、引き継ぎを行った女性社員が主に採用を行ったので、社長にとっては誤算だったのかもしれない。

わたしにはわざわざ能力の低い社員を雇い、虐げた上で従順にさせるという、非道な人間に見えた。

少なくとも、純粋に会社に貢献しようと努力をしていたわたしにとってこの歪んだコミュニケーションは侮辱に感じられた。

会社の利益を一番に追求すべき人間が、自分の腐ったプライドを満たすために、他の人間を食い物にする光景を見て反吐が出そうだった。

社会に出て初めて心の底から怒りを感じた。

邁進する日々

わたしは徹底的に、社長の悪意を無視し、淡々と日々の仕事をこなしていった。

スケジュールを決め、チームで相談しながら(例の女性社員は除く)どうすれば利益を出せるかのみ追求していった。社長にとっては、自分は蚊帳の外でわたしの事業部だけがうまくいっていくのが、心底気に入らなかっただろうと思う。

そして入社して6ヶ月後には過去最高益を達成した。社長からは大した利益はでていないと嫌味を言われ、気分は最悪だったが達成感があった。

すでに社長も女性社員も蚊帳の外だった。工事部のひとたちとも、一緒に仕事をしたり、パソコンのサポートなど行ううちに、信頼されるようになった。問題なのはこのふたりだけだった。

失敗と恫喝

ある日わたしは仕事のミスをした。分納するはずの商品を、1箇所に納品してしまったのだ。その日の工事に必要なものだったので、先方を怒らせてしまった。

社長はペーパードライバーのわたしに、埼玉まで一人で納品しにいけと命令した。結局わたしはそれを断り、運転の慣れている部下にお願いをして納品してもらった。

トラブル自体は落着したが、社長はそのミスをネタに再度わたしを恫喝し、終業後に夜通し車でビラ配りをするように要求してきた。わたしはミスについて謝罪した上で、それを断った。

「労働契約にない仕事をはしません」と伝えると「労働契約だってよ!」と大笑いをした。そう、労働契約など社長にとってはただの紙きれであり、自分の命令は絶対というふうに経営をしてきたのだ。

わたしは恫喝する社長を無視して会社を出た。

<つづき>

shigoto-toha.hatenablog.jp

最低時給を上げるとどうなるか

最近、最低時給を1500円に上げろという運動を必死にやっているひとがちらほら目につくので、最低時給を上げるということがどういうことなのかを考えていきたい。

最低時給とは各都道府県で定められた賃金の支払い時給額の最低限度だ。各都道府県により、時給の差が見られる。目的は、不当に低い賃金で雇用することを防ぐためだ。少なくとも、定められた最低賃金以下の金額で公に社員(非正規を含む)を募集することはできない。

 時給が低いということ

実際に最低時給での募集は実際に存在する。特殊な技術がなく、きつい労働がない職種ほど時給が低くなる。地方のコンビニなどではそもそも需要が少ないために、最低時給になりやすい。

また、時給が低いということは、やりたいという人間が多いという意味でもある。そもそも就職の窓口が少ない地方ではその傾向になりがちだ。さらに、ビジネスモデルが貧弱ということでもある。ビジネスモデルがしっかりしている会社であれば、しっかりと利益を確保できる。正常な会社であれば、社員にその利益が一部還元されるので、給料は熟練、貢献度の向上とともに上がっていく。

つまり、安い給料しか払えない会社は、いずれ淘汰される可能性が高いのである。

最低時給があがるとどうなるか

確実に求人が減る

最低時給が上がった場合、まず考えられるのは募集が減ることだ。雇用側が人件費に使えるお金は限られているので、時給が上がればその分人数が減ることになる。つまり時給があがるひとが増える代わりに、働けないひとがうまれる

さらに労働力を海外に求める企業がより増えることになるだろう。時給を1500円以上にしようものなら、かなりの数の求人が消えることになるはずだ。

廃業する会社が増える

高い給料が払えず、海外進出もできない中小零細企業では、操業が立ち行かなくなるところも出てくるだろう。少なくとも、高い賃金を補えるほどの売上を出せない地方の会社や店舗などは徐々に消えていく。人口の少ない場所ほど、商店が消えるスピードは早いだろう。地方創生がテーマとして掲げられている今、そんなことがまかり通るとは思えない。

最低時給を上げろと騒ぐ人達が一番被害を受ける

おそらく最低賃金をあげて貧困に悩む労働者を助けろと騒いでいる人たちの多くは当事者と考えると高い給料の職に就いていない。

これまでのことを考えると、最低時給を上げた場合、そういう人たちの多くは職は消失することになる。給料をあげるつもりが、職を失うという悲劇につながりかねない。

賃金を上げる唯一の方法

では、賃金を上げるにはどうすればいいのか?

そもそも賃金は、売上から生まれるものだ。賃金をもらい続けるにはそれだけの売上を上げる必要がある。自分の賃金分以上に他人のビジネスモデルを利用して稼がなければいけない。でなければ解雇されるか、廃業することになる。

労働者として、自分の食い扶持は自分で稼ぐ、というのができてまず半人前である。

そこから賃金をあげるには、賃金の上昇分以上を稼ぎ、なおかつ雇用主側にも利益が出るという信用が必要だ。

そのためには、普段の業務をこなすだけでなく、雇用主側の期待値以上に利益を上げる必要がある。営業で良い成績をおさめたり、費用を大幅に削減したり、求められた工数以上に早く、正確に作業を行ったりなどがそれにあたる。

そういったことをしても給料が上がらないのであれば、その実績をひっさげて転職をすればいい。利益を出せるひとならば、引く手あまたのはずだ。もしかすると辞表をだした瞬間に昇給するかもしれない。企業側も利益を出せるひとを失う訳にはいかないからだ。

現在高給をもらっているひとたちはそういった努力をしているのである。そういった努力もせずに、賃金を上げろと声をあげるだけで給料があがればだれも苦労しない。

給料が自分に見合わないなら転職活動をしてみればいい。転職をしても同じ給料ならば、市場価値としてのあなたの相対価値がそのレベルであるということだ。

そうではないならば、その中で価値を証明し、信用を勝ち取るしかない。

残念ながら、日本は資本主義であり、資本主義は基本的に実力社会だ。高給がほしければ、努力を重ねるか、自分でビジネスをするしかない。