EsIdea -仕事について考える-

仕事や心理について

社長の気分で社員が彷徨う会社 2

前回

shigoto-toha.hatenablog.jp

社長の遊び場となっている社内は、社長の趣味のもので溢れていた。ゲルググガンプラシャア専用)や埃をかぶったギターなど、およそオフィスとは呼べない風景であった。

そんな、他人の家の中で仕事をさせられているような環境で、私は黙々とECサイトの開発を進めていた。

社長は新入社員や、インターンを使って遊ぶ傍ら、本業にはそこそこ追われていて、1週間に2回くらいは外出をして、得意先に顔を出し、インターンに手伝わせながら、SEO業務を続けていた。

社長の机には常にレッドブルが積み重なり、あたりはレッドブル臭に満ちていた。わたしは「早死にしますよ」といったが、「長生きする気ないから」と言っていた。幼い娘が二人いた気がするが、気のせいだろう。

なにも実らない事業

会社は5年ほどやっていたようだが、本業のSEO事業の他は何も育たず、本業すら昔の人脈に頼った収入であった。社長は日々のSEO業務や資料作り、コンサルティングのための外出に追われて、新事業の育成などに割く時間は全くない様子だった。

出来たのは売り上げのない、片手間で作ったECサイトと、アクセスのないアフィリエイトサイトだ。

本来であれば、本業を社員に任せて、新事業の育成を行うか、もしくは営業を雇って本業を育てていくかという流れになるのが王道だと思うが、社長は人にものを教えたり、任せたりすることが絶望的にできない人間であった。

その時点で、この会社を成長させられる可能性はほぼゼロであった。

大口契約の解除と開発の中断

入社して2か月もたち、ECサイトも一応形になった。

あとは決済の手続きや、セキュリティ周りの開発を終えれば開店できそうな状態になったところで、事件は起きた。毎月100万近くを支払ってくれていた大口契約が解除になったのだ。

この会社の月の売り上げは多くても300万ほどだったので、この契約解除は致命的だった。一応余剰金で数か月はしのげるが、その後はじり貧ということをある日の朝礼で社長が告げた。

そして、あろうことか解決策については、社員やインターンに丸投げしたのだった。

ECサイトについては、開発も終わっていないにもかかわらず、月100万の売り上げ目標を突きつけられた。もちろん無理なので、社長にもそのように伝えたが、「無理とかではなく、コミットしろ」とのことだった。(社長は横文字が大好きだった)

私は「300万の広告費をかければ100万の売上は不可能ではない」と皮肉を込めて話したが、そんな金はないとのことだった。(そんなことはわかっているが)

ECサイト開発は中止になり、他の売り上げの立たなかったECサイトと同じ、外部システムを利用した簡素なサイトとしてリリースされることになった。コミットはしなかったが、初月の売り上げ目標は100万で、予算はゼロだ。

そして、何の希望持てないECサイトのリリースとともに、私は転職活動を再開した。

入社をして4カ月目のことだった。

社長の気分で社員が彷徨う会社 1

暴君の仕切る悪魔の工務店を卒業したわたしは、本格的にWEB業界に転職をすることにした。

前回はなかなか就職先が決まらなかったが、会社の酷さはあれど、20代前半でECサイトのマネージャーという肩書きはそこそこ目を引くのか、結構感触のよい会社が増えてきていた。

その中に、ECサイトを立ち上げたいという小さな会社があった。ECサイト運営が不完全燃焼であったわたしは、ECサイトの立ち上げに興味を持った。

既に作られたサイトでは、改修できる部分が少なく、大きな変更にはお金がかかる。そういったもどかしさも、自分で最初から作ってしまえば問題ない、そう感じたのも興味をもった理由だ。

自分でECサイトを立ち上げるなら…といくつか考えていた案のひとつをここで実現してみよう。そういう意気込みで入社をした。

不完全な会社

とても小さな会社だった。

まともな人員は社長とデザイナーだけで他は大学生のインターン。営業の女性がひとりいたが、大卒のほぼ新卒であった。(女性社員にいろいろ話を聞いてみたところ、実は海外の中堅大学卒で英語がペラペラだったが、この会社ではその英語力が生かせないことは明白だった。)

会社の収入源は社長の人脈からで得たSEO対策の契約とそれに付随する制作業務のみ。

他にEC事業とアフィリエイトサイトを運営していたが、EC事業は月に1万にも満たない収入で、アフィリエイトサイトは鳴かず飛ばずであった。

つまり、個人事業主に毛が生えた程度である。

基本的に自分のSEO対策事業をタダ同然の給料でインターンに手伝わせ、社員やインターンに新規事業を作らせていた。

その目玉がわたしのECサイトであった。

新規事業

私は早速、会社の名前を使って、仕入れ先の営業を始めた。実のところ個人でもECサイトをやろうとしていて、個人で営業をかけてみてはいたのだが、個人では渋い顔をされ、会ってくれすらしない会社が多数だった。

法人の名前を使うだけで、相手の反応は全然違った。たとえ中身が大したことがなくても、銀行と取引がある法人というだけで、信用されるということに驚いた。

1か月ほどで何社か契約を結び、仕入れができる段階になった。わたしはオープンソースのプラットフォームを使用して、自由に作り変えられるサイト計画し、黒字転換の目標を3年後とした。

この3年で黒字転換という部分は社長との面接でも話をしていたので、これであとは計画を進めるだけという状況となった。

苦戦する開発と周りの状況

オープンソースなど使ったこともなければ、プログラムもほぼ経験のない私は開発に手間取った。一応6か月の開発期間をとっていたが、それでも実際は3か月程度でできると思っていた。実際、1か月であとはSSlなどの導入をすれば基本機能がひと通り動くように出来はしたが、肝心の自由な改造ものとは程遠いものだった。

新卒女性社員の地獄

わたしがプログラムに苦戦しているあいだ、例の女性社員は社長の無茶ぶりと、異常な目標設定でボロボロになっていた。飛び込み営業で付近の会社や店舗を回って、他の全然売れていないECサイトの商品や、インターンと一緒に考えた計画を運営していたのだが、経験も知識もないただの烏合の衆がそんな成果を出せるはずもなく、社長の異常ともいえるスパルタ目標は毎回当然のように未達であった。

そのたびに社長に詰められ、闇金融の借金のように膨れ上がる目標値をコミットさせられるという地獄のような日々を送っていた。日々鬱屈していく彼女を横目に、私は開発をゴリゴリ進めていた。

奴隷のようなインターン学生

インターンの名のもとに、学生は日々こき使われていた。SEOに使うサテライトサイトのライティングや、ECショップの発送作業。新規事業の計画を週1で進捗を出し、社長にダメ出しを食らうということをやっていた。

女性社員ほど詰められないが、現実的に達成できない目標値を設定されることは変わりなく、学生のほうも達成できない前提で流しながら仕事をしているようだった。

はたから見てもこのインターンの意味を問わざるえない状況だったが、本人たちが満足しているのならいいだろうと思い触れずにいた。

次回

shigoto-toha.hatenablog.jp

第二新卒で部署ごと丸投げされた話 5

 

退職日は1か月後になった。

事業部長となった女性社員の態度はさらに硬化し、話しかけても無視されるようなひどい有様であったため、引き継ぎは無理と判断した。

わたしは書き溜めたマニュアルをせめてアルバイトの女性への迷惑が軽減されるようわかりやすいように整理をして引き継ぐことにした。

転職活動期間は短かったが、ECサイト理経験者は転職市場での受けが良いようで、わりと早く内定がもらえた。またその会社もブラック企業だったが、その話は次回にまわす。

会長と退職金

退職日も近づいたある日、社長の父親である会長から退職金として5万円が渡された。「申し訳ない」と頭を下げられた。

普段、社内で社長が何か問題を起こすたびに、会長が火消しをおこなっていた。社長はすぐに頭に血がのぼるタイプなので、激高しては暴力行為を繰り返していた。

「育て方を間違えた」と会長はよく言っていた。こんな温厚な会長からよくあんなキレやすい息子が生まれたものだと思ったが、よくよく話をきくとどうやら母親がそういう気性だったようだ。

おそらく、会長は奥さんに振り回され、社長はそのライフスタイルを継承してしまったのだろう。そういう面で会長にはどうしようもないことであった。

「気にしないでください」とだけ伝えた。

退職後のはなし

予想はできると思うが、部署は瓦解した。

わたしの退職後、アルバイトの女性が辞めたのだ。残りは戦力外のふたりだけとなり、崩壊は目に見えていた。本来ならそこで管理のできる人間を雇うべきだったが、社長は戦力外のふたりを恫喝しまくったらしい。

縁故の男性社員は退職し、事業部長となった女性社員は精神病院に入院したまま音信不通となった。

わたしにも電話があった。

アルバイトで戻ってこないかというふざけた内容だったので、入社ではなく、コンサルティングならいいですよと返事をしたが、もちろん連絡はなかった。

その後は縁故のシステム会社が代理で細々と運営をしている。

スタッフのミスを指摘すればするほど、組織は衰退する

どこの会社にも「ミスを指摘することに命をかけているのでは?」と思うほど、他人のミスを探している人間がいる。

ミスすることに恐怖感すら覚え、他人の出来ないところばかりみては、あれができない、これができないと社内にマイナス思念をばらまいている。

試行錯誤

もちろんミスはないほうがいい。しかし初めて行うことにはミスが伴うし、ミスが起こったとして、そのミスの責任がその人の注意力に向かうのはナンセンスだ。

人間は機械ではない。そして機械が失敗しないのは、言われたことを100%行う仕組みがあるからだ。それに、想定された状況が変われば機械は目的を100%達成するのも難しい。

どんな人間でもミスはする。しかしそれを人間は学習できるし、試行錯誤を重ねるからこそ、よいものができる。機械に試行錯誤はできない。ミスをするからこそ、人間は成長できるのである。

ミスを責めてはいけない

ミスを指摘し、責めて何か変わるのだろうか?完璧に仕事を行うのに必要なのは注意力だけだろうか?

そもそもミスが発生するような仕事の仕方をしているのではないか?
ワークフローは適切なのか?
チェック機構は整っているのか?
注意力がしっかりと発揮できるような環境なのか?
気にするべきことはいくらでもあるだろう。

ミスを発見して、注意することは誰にだってできる。そしてマネジメント能力が低い人間ほど、ミスを指摘して達成感や優越感を得たがる。

マネージャーの間違ったミスへの対応で、信頼関係がくずれ、スタッフがミスを怖がって挑戦しなくなったり、モチベーションが下がり効率が悪くなったりとマイナスの要素のほうが大きい。

管理するということはミスを追及してなくすことではない。ミスの起こりにくい環境づくりをすることだ。前者と後者は似ているように見えるかもしれないが、全く違う。

前者には信頼がない。ミスをしたのはその人の能力や態度が悪いと決めつけて、管理をスタッフに押し付けている。管理の仕事をさぼっているともいえるだろう。

そんな人間をマネージャーとは呼べない。

マネージャーはスタッフを信頼し、スタッフが働きやすいように、ミスが起こらないように環境づくりに注力すべきなのだ。つまりミスが起こった場合、責任はスタッフではなく、マネージャーにある。当然だ、マネージャーは責任から逃げてはいけない。

成長しないスタッフと組織

組織が成長期に入ると、人が増える。それにつれてミスが増えていく。このミスへの対応によって、その後の成長ラインに乗せられるかどうかが関わってくる。

環境づくりに注力することなく、スタッフを叱責してミスをなくそうとする組織は、優秀な社員の流出し、採用の自転車操業が続いて成長できないか、スタッフが離れていき衰退していくだろう。

これは組織に信頼やシステムが根付いていないからだ。組織のリーダーが人を信頼できていないともいえるかもしれない。システムの作り方や経験も足りないのかもしれないが、人を信頼できないことのほうが致命的だ。

そもそも人を信頼できないのであれば組織など運営しないほうがいい。絶望的に向いていないし、ブラック企業になる可能性が高いからだ。

組織を運営したいのであれば最低限人を信頼できるようになってからだ。スタッフのミスを指摘して、管理した気になっているような人間には少なくとも組織の運営など一生無理である。関わる人のためにも、早々に諦めてほしい。

無能なマネージャーほど、残業をさせたがる

マネージャーは管理をするのが仕事だ。しかし、間違った教育や、そもそも教育を受けていない人間がマネージャーをやる機会が日本には多いと思う。

というより、マネジメントというものを軽視するフシすらあるように思える。

残業はイレギュラーである

残業というのは基本的にイレギュラーだ。労働契約書にも定時が記載され、残業が発生する場合は、残業代を支払うようになっているのが基本である。

しかし、ブラック企業ではこのような基本は忘れ去られている。含み残業代という魔法の言葉と、ずさんな管理体制のもとに労働者が無限に働かされる環境が出来上がっているのだ。

残業というのはある意味、保険だ。もしトラブルが起きても、定時以降、会社に誰もいなくなってしまうような状況を防ぐためのシステムである。

そして、法でガチガチにしてしまうと、業態によっては立ち行かなくなってしまうため、そこそこの幅を持たせ、現場の人々に判断を任せている。

だが、やろうと思えば出来てしまうことに対して、悪意ある人々は容赦をしない。含み残業を設定しつつ、タイムカードを用意しなければ、含み残業以上の労働力をタダで使うことができる。

なおかつ、基本給を低く設定し、含み残業代を含んでいないかのような低賃金を設定するのだ。実際、応募をして契約の段になると、ありえない基本給を提示してくるような低俗な会社は多い。そして立場の弱い人間はその契約書にサインをしてしまう。

長く働かせるマネージャーほど有能という文化

そのような会社では、労働者を長く、効率よく働かせる人間ほど出世をする。薄給で奴隷のように人間を使い尽くすのだ。

そして、労働者もそこから逃げない。学歴の低い者、職歴の薄い者、自信のない者、技術のない者。そういった社会的弱者を食い物にするのがブラック企業だ。そしてそういった会社で管理職になる人間は、その間違った社会経験から、間違ったマネジメントを展開することだろう。

そうやって、ブラック企業の文化は醸成されていく。

残業をする人間もさせる人間も能力が低い

何の能力が低いのか?それは管理能力だ。少なくとも、残業が推奨されていない環境で、常時残業しなければ作業をこなせない人間は能力が低いと言わざる得ないだろう。そしてその上司の責任はさらに重い。

管理しなければいけない人間が管理できていないことになるからだ。管理のできない管理職など必要だろうか?

そもそも、社会人として自己管理能力が欠如しているのは、非常に危うい。自分すら管理できない人間に案件や組織を管理できるはずがない。

就職活動において、浪人や、留年がハンデになるのと一緒だ。当然納得のいく説明を求められるだろう。

マネージャーほど難しいものはない

少なくとも前述したような管理を放棄した人間はマネージャーとは呼べない。マネージャーは技術以上に人間力や器が求められる。カリスマといってもいい。

規模の違いがあれど、組織がよりよい方向に向かうよう導くのがマネージャーの役目だ。ひとりよがりな行動をしたり、自身の欲や、コンプレックスを解消するために、他人を道具にし、権力をふるうような人間には誰も心からついてきたりはしない。

社長の器と会社の大きさは比例する

社長の器と、会社の大きさは比例する。ここでの器とは、一個人の職務遂行能力ではない。社長そのものである。もちろん運などの不確定要素も含む。

会社は社長の分身

会社は創業者の社長から生まれる。生まれてくる会社は社長の分身のようなものだ。ビジネスモデルはもちろん、オフィスの雰囲気や社員の性質にいたるまで、社長の影響を受ける。

社長の器がいびつであれば、性質が偏り、バランスの悪い会社になるし、器が小さければ、順調であってもある規模から成長が止まる。目標の大きさと、その器の大きさに差がありすぎれば、目的の大きさに到達する前にバランスを崩してしまうだろう。

社員の性質

社員の性質は特に影響を受ける。創業時からのコアメンバーは社長とつながりの深い人物が選ばれることが多いし、それでなくても社長が直々に採用活動をしたり、紹介されるパターンが多いからだ。社長が社交的で、オープンな性格であればそのようなひとが多くなるし、逆もしかりだ。

また、どれだけの人間を受け入れられるかということも重要である。ある程度のカラーは必要かもしれないが、一つの価値観だけでは幅が広がらず、成長に限界がでてしまう。

規模が大きくなればなるほど人材には多様性をもたせ、バランスを考えなくてはいけない。受け入れられないからという理由で優秀な人材を排除する会社は珍しくない。

会社の規模

会社の規模がある程度に達すると、いくら優秀であっても社長だけではマネジメントができなくなるときが来る。そのレベル以上は大きくしたくないという社長もいるし、したくてもできない社長もいる。

ある程度の規模になれば、会社はいくらかシステム化をしなくてはいけない。個人事業主がただ集まったような会社では、チームの恩恵をうけられないし、あらたな考え方も生まれにくい。

会社がどうあるべきかを明確に示し、浸透させ、徐々に手放さなくてはいけない。子育てで過保護にしてしまい、子供の成長を阻害してしまうのと一緒である。

規模を拡大するには

規模拡大には、組織を整えたうえで、組織の可能性を信じて任せるという決断が必要だ。その組織が成長して新たな組織を作り出すのである。この段階になると社長には仕事の能力ではなく、想像力、行動力、決断力などの精神的な能力が問われる。その人の歩んできた人生が問われると言ってもいいだろう。

機会をつかんで会社を軌道に乗せ、成長できた会社でもある程度の規模からは本質的なものが問われてくる。ここからは運だけでは厳しい。

自分が会社の規模を拡大できるような器でないと感じたなら、その器である人物を代わりに社長にするという手もある。成長段階で社長が交代するのは珍しい話ではない。

社員の中にそういう人物がいるならば、そういうことも視野に入れておく必要があるだろう。少なくとも、自分が絶対に社長でなくてはいけないということはないし、それにこだわるようでは器が大きいとは言えない。

第二新卒で部署ごと丸投げされた話 4

相変わらず社長との関係は最悪だったが、1人を除き、他の社員との関係は良好だった。仕事についても入社して9か月ほど経つころには、ルーチンワークをアルバイトに任せて私は自由に動けるような状態になっていた。

スケープゴート

例の女性社員は組織図上は私の管理下にあったが、私からの指示はなく、ほぼ社長の直轄の状態にあった。逆らうこともできずに社長のおもいつきに振り回され、日々ストレスをためているようだった。

こちらとしては、私に対するトップダウンが女性社員の方に移動した形になるので、非常に助かっていた。わたしのいうことは一切聞いてくれなかったが、部署に貢献はしてくれていたので、ある意味感謝していた。

しかし、それも長くは続かなかった。

私が新商品の展示会に行ったり、仕入れ先と折衝したりと自分のやりたいことを自由にやっているのを見ながら、社長にこき使われ続けたことで彼女はさらに私への恨みを強めていたようだ。彼女なりに意図的なものを感じていたのかもしれない。

次第にわたしが不在のときに悪口を広めるようになり、社長にもいろいろ吹聴したようで、ある日わたしは社長に呼び出された。

しかし、そのころにはわたしも社長の心理がわかってきたので、彼女が悪いという方向にうまいこと誘導したうえで、社長の要望を1,2個通すことで落着した。

彼女の思惑は空振りし、さらにわたしへの恨みを強めていった。修復する気もなかったが、もはや関係の修復は不可能だった。

爆発

彼女は突然爆発した。

何のきっかけだったかは覚えていないが、彼女の要望はすべてはねのけていたので、そういうはなしの流れだったと思う。

急に立ち上がって「もう我慢できない!」とヒステリックに叫び、社長が「どうした?」と驚きながら聞くと私の苗字を呼び捨てで叫んだ。

「もうわたし殴っちゃいそうです!」というので、わたしが「どうぞ、警察呼ぶだけですけど」と返すともう顔を真っ赤にして睨んできた。

アルバイトのおばちゃんが「やめてください!」と止めに入る。一番冷静なのがアルバイトという非常に情けない状態だったが、彼女の異常さをアピールするいい機会だと思った。彼女は興奮しすぎて、聞き取れない言葉を叫び、周囲を困惑させた。

社員はみんなひいていたが、社長はわたしが悪いと思っているようだった。

終わりのはじまり

会社に就職して1年が経った。相変わらず女性社員との仲は最悪というか、お互いがお互いを無視しているので、ある意味平和であった。

社長との関係はコミュニケーションのコツをつかんで、時々面倒であったけれど、おおむね自由に部署を運営していた。

しかし、終わりは突然来る。

この会社には工事部とネット事業部があり、工事部長とネット事業部長(わたし)を中間管理職として、その下に平社員がいる組織だった。

工事部のほとんどは工員であり、オフィスで見るのは工事部長と営業の2人だ。

営業の人は依頼がきた現場を調査して見積もりし、受注となったら手配をするのが仕事だ。つまり、年中車で動き回る仕事である。

その営業が、免停状態で運転をし、速度違反で捕まってしまった。

当然免許は取り消しである。終わりの発端はここからだった。

トンデモ人事

例の女性社員の件もあるように、この会社の人事は社長の独裁で、しかもでたらめである。今回の免許取り消し事件に関しても、社長はトンデモ人事で対応することになる。

社長はわたしを呼び出し、ネット事業部長を解任し、工事部への異動を命じたのである。つまり運転手だ。

ネット事業部はどうするのかと聞くと、例の女性社員に任せる算段のようだった。頭がおかしいとおもった。どこをどう考えたらあの女性社員に部署の運営ができるのか理解不能だったが、とりあえず自分のいうことをきかせたいという欲望だけが、社長を動かしていた。

わたしは、その日に退職届をだした。