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EsIdea -仕事について考える-

仕事や心理について

感情は相手を支配する

社会には感情を露わにすることによって他人を振り回す人間が多く存在する。

基本的に私は仕事場においては特にそうだが、感情的なパワーゲームをしかけてくる人間をあまり信用しない。例えば、恫喝をしたり、怒りを露わにしてまくし立てたり、泣いたり、お世辞を常用しているような人である。

なぜ信用出来ないか?それは、意識的かどうかはさておき、そういった感情をぶつけることで、物事を優位に進めようとする心理がみえるからだ。

具体的な話をしよう。

部下を恫喝する上司

上司が部下をオフィスで恫喝し、叱りつけているとしよう。とりあえずパワハラであるが、あまり珍しくない光景だといえる。少なくともこのコミュニケーションには相手を尊重しようという意思は見当たらない。社員に問題行動が起きたのならば、まず理由を聞くべきである。そして理由が解決可能なのか?検討して落とし所を探る必要があるだろう。だが恫喝してしまったら、その意見は聞けない。

上司に責められ泣く部下

逆バージョンである。これもよく見る光景(?)だが、こちらは泣くことによって、周囲の同情を誘い、間接的に上司を責めている。もちろん、上司がしっかりと話し合いの場を持とうとしていることが前提である。

自分の行動が問題であることを認識しているが、それを改めたくないので、泣くことで逃げようとしている。話し合えば問題を解決できるかもしれないのに、問題解決を放棄している。

共通点

2つの例に共通する点が3つあるそれは、

  • 話し合いの土俵に上がらないこと
  • 論理でなく感情で相手を動かそうとすること
  • 問題解決から逃げること

である。私はこういう人たちを赤ん坊と同じだと思っている。何歳であろうが、どんな役職であろうが、どんな強面だろうがそうだ。赤ん坊はしゃべれないので、話し合いはできないし、論理は知らないので感情で表現するしかない。もちろん問題の解決は親まかせで、自分からは出来ない。

どうだろうか?可能かどうかは置くとして、行動の結果は一緒である。いやむしろ、できるのにやらない時点でたちが悪い。そんな人間を信用できるだろうか?少なくとも私には無理だ。

圧力は弱さ

そして逆に赤ん坊とそういう困った人たちの共通点がある。それは、弱いということだ。肩書や容姿に騙されてはいけない。

どんな姿であれ、まともな話し合いの出来ない人間、自分の感情を最低限コントロールできない人間は組織人としてふさわしくない。(むしろコントロールしているとも言えるが)

そうしなければいけない理由は、対等なコミュニケーションでは勝てないからだ。本当に強い人はどのような人に対しても、対等なコミュニケーションができる。強い人間は相手を威圧する必要がないのだ。

相手に圧力をかけるのは自分が相手より弱い存在だと公言しているようなものである。

人は感情で動かされる

感情は人に特化された素晴らしいものであるし、便利なものでもあるし、面倒なものでもある。武器と同じようなものだ。使い手次第でどうにもなる。

弱いものが武器を持てば、人を傷つけ、脅す道具になり、更には人を殺すこともある。SNSやマスコミが人を殺してしまうのは感情の圧力が強大であるからだ。

私はああいう光景をみると、石打ちの刑を想像する。犯罪者を土に埋めて首だけを出し、周囲の人々が石を投げつけてじわじわ処刑するという残酷な刑であるが、SNSで行われていることはこれだ。しかも大体は重犯罪人ではない。ルール違反者=叩いてもかまわないものとして多くが便乗し、石を投げている。

SNSにしろ、普段のコミュニケーションにしろ、その石が純粋な気持ちで投げられているのか?石を投げる前に自分の心に問うべきだろう。

そして、相手が感情を利用して脅してきた時は、その操作に屈してはいけない。相手は弱いのだから、攻めてみればいい、案外簡単に崩れるかもしれない。