EsIdea -仕事について考える-

仕事や心理について

社会ってそういうものだから

私はこの言葉が大嫌いだ。

特に年長者からこの言葉を聞くと虫酸が走る。この言葉が吐かれるとき、大体吐かれた側は理不尽なことをされているはずだ。

苦言を呈すると「でも、社会ってそういうものだから」その一言で片付けられる。百歩譲って社会がそういうものだとしよう。でもそれは、自発的にそう思うまでが許されるラインであって、押し付けられるべきものではない。

その社会を作ったのは誰だ?

ましてや、年長者に至ってはその社会を作ってきた人間である。「こんな社会にしてしまってすまない、我慢してくれ」というならまだしも、社会はそういうものだと偉そうに言われるのは我慢がならない。

少なくとも、私は社会がそういうものではあってはならないと思う。理不尽は是正すべきだし、その負の遺産を次世代に投げつけるようなまねはしたくない。

我慢は美徳ではない

我慢は、様々な場面において大事だが、進展のない我慢はただの保留だ。我慢するのは、その先に機会があってこそだ。別の誰かへ爆弾を渡すためではない。

機会をまつことは重要だが、問題解決において保留をすることはあまり得策とは言えない。時間が解決してくれることに期待するのはやめよう。

根性でなんとか出来るのは短時間だ、長くは持たない。

「根性がない人が仕事を辞める」って風潮誰が広めてるんだろう - ちしきよく。

行動と犠牲

問題を解決する一番の方法は、解決方法を考え尽くした上で、機会を待ち、そして躊躇せずに行動することである。そして犠牲を厭わない潔さが必要だ。

誰だって、最初に声をあげたくはない。でもだからこそ、あげなくてはならない。声をあげなくては、ずっとそのままかもしれない。そして自分達の子孫がまた苦しむことになるのだ。社会で理不尽に出会い、それをどうにかしたいと心のなかで少しでも思ったのならばその気持ちに耳を傾け、そしてできればそれを、社会はそういうものじゃない!と胸を張って行動してほしい。

※追記※

地方に限らず、全国で同じようなことが起きているのかもしれない。

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