EsIdea -仕事について考える-

仕事や心理について

敬意を持たない人々

敬意を持てないひと

他人に敬意をもてないひとがいる。

言い換えれば、自己の未熟さを他人で埋めようとしているとも言える。私はそんな、他人に敬意を持てず、偉そうにしているひとは本質的に弱いひとだと思っている。本物の自信を持っていて、強いのなら偉そうにする必要がないからだ。

ホンモノであれば、誰にだって敬意を持てるはずである。

敬意をもってこその信頼

互いに敬意をもってこそ、信頼関係が築ける。敬意のない関係には信頼は生まれないのである。そういった敬意の無さは、以下のような行動に現れる。

  • ひとを呼び捨て、もしくはお前と呼ぶ
  • 他人に対して「使う」と言う
  • ひとの時間をぞんざいに扱う

ひとを呼び捨て、もしくはお前と呼ぶ

まず、ひとは常に対等だ。会社での立場は責任の重さであり、誰かより偉いということはない。

どんな立場の人間であれ、対等に接することが出来なければ、信頼関係など築けない。ひとは支え合い、貢献しあっているのだから、どんな役割であれひとの価値は対等なのだ。

それを履き違え、天狗になっているひとの発言に多いのがこの呼び捨てや、お前呼びだ。会社によっては社内ルールで「さん」呼びを固定するところもあるほどである。また「くん」などの呼称をひとによって変えるのもよろしくない。

逆の意見も見つけたので良かったらどうぞ

役職者を「さん付け」する会社が崩壊するワケ | 上司と部下の常識・非常識 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

他人に対して「使う」と言う

他ひとに対して「使う」というのは、ひとに対して敬意が足りていないといえるだろう。外注を使うと言ったり、アルバイトを使うと言う表現は避けるべきだ。言われた方はいい気がするだろうか?

ひとの時間をぞんざいに扱う

私は時間は生命そのものだと思っている。労働とは、生命を預けて、対価をもらうことである。生命を預かった者には、その生命を有効に活用する責任がある。

だが、ひとの時間をぞんざいに扱う人間は多くいる。サービス残業などもそうだが、自分の時間ばかり優先し、他人の都合や時間を顧みない。そんな人間に敬意があるだろうか?私はそういう扱いはその人の生命に対する侮辱だと思っている。

勘違いしてはいけない

立場が年収が上がったからといって、周りの人間が下になったわけではない。社長でもなんでも人間の本質的な価値は等価なのだ。

報酬が増えるのも、役割がより重要になり、責任が重くなったからだ。意見が優先されるのも、最終的に責任をとってこそである。勘違いしてはいけない。

敬意を表せない人間は、尊敬されないことも受け入れるべきだ。